30歳からのプログラミング

30歳無職から独学でプログラミングを開始した人間の記録。

『THE MODEL』を読んだ

「科学的な営業」に興味があり、その分野の定番のひとつである『THE MODEL』を読んだ。
どのように営業プロセスを構築し機能させるのかについてコンパクトにまとまっているので、特に BtoB SaaS を提供している企業で働いている開発者は、一度読んでおくとよいと思う。

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なんとなくの印象だが、「営業」というものについて、自分とは縁遠いもの、別の世界のもの、という感覚を持っている開発者は多いかもしれない。
自分もそうだった。むしろ、かなり悪い印象を抱いていた。

新卒で入った信用金庫の営業スタイルが絵に描いたような根性論、精神論だったのが大きい。
「飛び込み営業をすれば嫌がられるし、何度も訪問すれば怒られる。それでも諦めずに通い続けることで根性を認めてもらえて、取引してもらえるんだ」ということを役員が真顔で語っていたし、「昔は「契約するまで帰りません」と玄関に座り込んだもんだ」みたいな「武勇伝」をよく聞かされた。ビジネスモデルや対象顧客が違いすぎるから、SaaS 事業者と比較するのはフェアではないかもしれない。それでも、ひどかったと思う。
そもそも、顧客の利益など誰も考えていなかった。とにかくノルマのことしか考えていなかった。使いもしないカードローンを契約してもらう、月末の融資残高を増やすためだけに不要な借り入れをしてもらって翌月にすぐに全額返済してもらう、みたいなことを支店ぐるみ、いや会社ぐるみでやっていた。今もやっているのかもしれない。誰のためにもなっていない、数字をいじるためだけの「営業」だった。本当にバカバカしかったし、嫌だった。ノルマ未達だと罵声や暴力が待っているし。
そうではない営業も存在するのかもしれないが、それはフィクションの世界の話というか、それこそビジネス書のなかのお話であり、自分にとってのリアルな「営業」というのは、上記のようなものを指していた。

だが現職では「そうではない営業」を実践しており、イメージが変わった。
「THE MODEL」型のプロセスを構築して営業活動を行っている(今日現在)。そしてちゃんと数字を積み上げている。

SaaS 事業者で働いたことがなかったこともあり、「THE MODEL」という概念自体を知らなかったのだが、入社直後の研修で説明してもらって興味を持った。
新卒時のトラウマもあって自分が営業をやってみたいという気持ちにはならないが、「学び、理解する対象」として面白そうだなと思った。そこでまず手始めに、本書を手に取った。

本書のことも当然知らなかったのだが、「THE MODEL」という概念を日本に広めた本らしい。
「THE MODEL」の概要を大雑把に説明すると、営業プロセスをマーケティング(MK)、インサイドセールス(IS)、フィールドセールス(FS)、カスタマーサクセス(CS)に分解し、各プロセスが協力して売上を伸ばしていくモデルのことを指す。
従来の営業は、一人の担当者が全ての領域を担当していた。見込み客の開拓、商談、既存顧客の管理、全てを行う。私が所属していた信用金庫もそうだった。そうではなく、分業体制を敷き、そのプロセスを緻密に管理していくことに、「THE MODEL」の特徴がある。

本書では、「分業(顧客ステージの分類)」の他、「客観的な指標による計測」、「リサイクル」、などが重要な概念として何度も出てくる。
既に述べたように 4 つのプロセスに分解するのだが、各プロセスのなかでもさらに細分化を行い、「顧客は今どのステージにいるのか」ということを緻密に管理する。そしてセミナーやアポイントメント、商談、オンボーディングなどの各種コミュニケーションは全て、顧客を次のステージに進めるために行われる。そして、提供すべきコミュニケーションやコンテンツはステージ毎に異なるため、正確な顧客管理が重要になる。プロセス管理を細かく行うことで、どこがボトルネックになっているのかも把握しやすくなる。
そしてそれを行うためには、客観的な指標が必要になる。ステージが遷移したと判定するための明確な基準がなければ、管理や分析は上手く機能しない。性質上どうしても主観が入るものもあるが、それでも、担当者毎のバラツキを抑えるための取り組みを行うことが求められる。
そして、顧客ステージの遷移は直線的にのみ行われるものではなく、循環する。具体的には、様々な理由で受注にまで至らなかった顧客を「リサイクル」というステージに遷移させる。そしてそのステージの顧客を、再び検討プロセスに戻す。例えば、顧客の事業フェーズの問題で受注にまで至れなかった案件が、半年後には状況が変わって受注できる状態になっているかもしれない。このような失注した案件の掘り起こしは目新しいものではないが、これを仕組みとして管理することで、新規開拓だけに頼らない成長が可能になる。

著者自身が「自分の会社にとっての「ザ・モデル」を創造することを目指してほしい(「はじめに」より)」と述べているように、本書で紹介されているやり方をそのまま模倣すればいいというものではない。
それでも、基本というか、定番の考え方や方法論を知ることで、議論を理解しやすくなるとは思うし、読んでよかった。

自分は開発者として本書を読んでいたが、「開発者がよいプロダクトを作らないとどうにもならないんだよな」と改めて思った。
営業組織がいくら高い志を持ち、ロジカルに戦略や戦術を立て、頑張ったところで、商材であるプロダクトがポンコツで顧客のニーズに全く応えられておらず、そして競合にもあらゆる面で負けていたら、どうしようもない。
価値のあるプロダクトを作り続けないと、自分がすごく嫌だった「数字を作るため、顧客にとって明らかに不要なものを売り込む」という状態を生み出しかねない。

「何を作るか」は全社的に決めていくことだが、「どう作るか」は基本的には開発組織の責任だと思う。
スピード感を持って開発できなくなる要因はいくらでもある。開発者としての実務経験は 3 年にも満たないが、それでも、何度も見てきた。純粋な技術力不足もあれば、組織が硬直化して機動的に動けないこともある。過去の雑な実装や設計が積み重ねって身動きが取れなくなることもある。採用や育成に失敗して開発組織のキャパシティを大きくできず、事業が縮小していったケースも見た。

最終的には、営業組織と開発組織は独立して個別に存在するものではない、お互いに影響を受け合う、みたいな当たり前過ぎる感想になった。だけどこういう話をしている開発者ブログはあまり読んだことがないから、関心を持っている人は少ないのかもしれない。
私も、自分が営業を経験していなかったら、興味を持つことはなかったかもしれない。そう考えると、とにかく苦痛だった信金時代にも少しくらいは意味があったのかもしれない。