現職はリモートワーク可能であり、自分はフルリモートで働いている。
そのためフルリモートでどうやって生産性を高めていくとよいのかに関心があり、本書を手に取った。
個々の取り組みについては斬新なことや目新しいことは特になく、必要なのは「やるべきことを徹底的にやり抜く」という覚悟なんだなと感じさせる一冊だった。
フルリモートで上手く機能している組織、として真っ先に挙がるのが GitLab だと思う。世界各国に 1,800 人以上のメンバーが在籍しているが、創業以来一度もオフィスを持たないまま成長してきた。

ドキュメンテーション文化や透明性が特に有名であり、組織のルールを全て言語化して一箇所に集約し、それを全世界に公開している。
この「GitLab Handbook」はリモート組織を構築して運用するための資料としてよく言及される。
しかし、実際に参考にするのはハードルが高い。英語である、ということを差し引いても、とにかく情報量が膨大すぎてどこから着手したらいいのか困惑してしまう。
本書は、実際に「GitLab Handbook」を参考にしながら自社をリモート組織へと転換させていった著者が、自身の経験を踏まえながら「GitLab Handbook」の内容を整理し再構成したものになっている。
具体的な施策や取り組みの話が中心で、リモートか否かは関係なく役に立ちそうなものも多かった。
コミュニケーションのルールやガイドラインの話は普遍的なものだと思うし、 GitLab Value のひとつである「イテレーション」はアジャイル開発の文脈でよく言われているような内容だった。マネージメントや人事評価の話も扱っており、リモート組織で働いていない人にとっても参考になりそうな情報が多かった。
だが自分の最大の学びは、個々の施策や取り組みではなく、「リモート前提の考え方に切り替える」という視点だった。
リモート組織の構築はトップダウンで全社的に行うのが望ましい、そうでないと難しい、という話が出てくる。
従来の組織をリモート組織に再構築するにあたって、徐々にコンセンサスを取りながらリモート組織に切り替えていくことは非常に困難です。 p64
本書で紹介したさまざまなTipsをカジュアルに試すことも十分に意味があることですが、冒頭で説明した通りGitLabのやり方は組織設計から人事制度、業務フローまで一貫した思想によって構成されており、それによって効率性が最大化されています。組織が許すのであれば、第 3 章で説明したリモート組織を構成するプロセスに則って基礎をつくり上げ、徐々に本書に書いてあるような取り組みを組織全体でチャンレジしてください。 p300
本書を読みながら自分も同じことを思っていた。リモートワークが根付いていない環境で自分ひとりや有志だけで取り組んでも上手くいかないだろうなと感じた。
それは、リモートワークを巡る問題というのは、他者とのコラボレーション、協業の問題だから。
自分ひとりで会社をやっていて自分ひとりで働いているのなら、「出社かリモートか」という問題は発生しない。そもそも自分しかいないのだから、「リモート」という概念自体が生まれないと思う。自宅なのか事務所なのかカフェなのかといった「場所」が論点になるだけである。
リモートワークが議論になるときは常に「他者」がいて、「他者とどうやって働くか」「組織としてどうやって協業していくか」という話が議論の中核になる。
だから、組織全体で取り組まないと上手くいかない可能性が高い。
では、組織全体として何に取り組めばよいのか。
本書には具体的な施策についても書かれているが、それだけでなく、発想の転換も大切だと説いている。
多くの企業ではオフィスワークができなくなってしまったため、あくまで補完的な要素としてリモートワークを捉えている傾向があります。しかし、GitLabはリモートワークをオフィスワークの代替として考えておらず、リモートワークこそパフォーマンスを最大化させる組織の基盤であると捉えています。オフィスありきではなく、リモートありきで考えるという発想の転換こそが最先端のリモート組織を構築する上で避けられない視点なのです。 p28
一般的に、多くの企業ではオフィスワークの代替や補助としてリモートワークを捉えていますが、この認識こそが効率的なリモートワークが実現できない大きな原因となっています。 p61
これは本当にそう思うし、この視点や考え方に自覚的になれたのが、本書を読んだ最大の収穫だった。
IT 企業を中心にリモートワークを取り入れている企業は増えたが、発想の転換をできていない企業は多いと思う。なぜなら多くの企業は、自分たちの意思や決断でリモートワークを導入したというより、コロナ禍や社会からの要請で半ば強制的にリモートワークに切り替えさせられた側面が強いから。
そのためどうしても「オフィスワークでやっていたことをどうやってリモートワークで再現するか」という発想になる。そしてその場合、「出社したほうが上手くいく、本当は出社したい(させたい)」と考えるようになる。これは当たり前の話で、出社前提で業務や組織が設計されているのなら、出社したほうが当然上手くいく。そうした状況なので、コロナ禍という「強制力」が弱まってきたときにオフィス回帰が進むのは、自然なことだと思う。
オフィス回帰もひとつの選択肢なので何か問題があるわけではない。ただ、「オフィスワークを前提にした考え方をしており、それに基づいて業務や組織を設計している」という自覚がないまま議論や意思決定を行うと、余計な混乱や反発が生まれてしまうかもしれない。
「リモートありきで考える」というのは、具体的には、非同期業務を前提にして考えるということだと思う。
そして効率的な非同期業務を実現するために GitLab では、徹底的な言語化と情報公開、そしてそれを実現させるための各種施策に取り組んでいる。
冒頭で、斬新なことや目新しいことは特にないと書いた。例えば紹介されているコミュニケーションルールなども、「まあそうだよね」という感じのものが多い。状況によっては同期的なコミュニケーションを推奨しており、「とにかく非同期コミュニケーションしか取らない」というような偏りや極端さがあるわけでもない。
GitLab が特徴的なのは、制度やルールの内容そのものというより、それをとにかく徹底的に言語化し、ドキュメンテーションしていることだと思う。社内ルール、意思決定のプロセス、メンバーへのフィードバック、あらゆるものに対してとにかく細かく言語化しろ、解釈の余地を可能な限り小さくしろ、という話が繰り返し出てくる。
組織がフルリモートを導入することのメリットとして、採用できる人材の幅が広がることがよく挙げられる。これは間違いなくあって、様々な属性の人を採用対象にできる。
そしてフルリモートのメリットはそれだけではなく、徹底的な言語化や情報公開によって生まれるメリットもある。
本書を読んで特に印象に残ったのが、仕事の進め方やコミュニケーションなどについて、ルールが明示されていること、ガイドラインが提示されていることだった。
お作法やルールが明文化されている、という状態はとても楽だと思う。方針ややり方が示されていることで、迷わずに済む。ガイドラインに従うことで、過度にエネルギーを割かなくても、どんな人でも、望ましい振る舞いや作法を守りやすくなる。振る舞いや作法について「常識」や「暗黙の了解」を要求されずに済むことで助かる人は多いのではないだろうか。
ドキュメンテーション文化は、情報共有や記録、そしてそれによるスケールのしやすさだけでなく、安心で円滑なコミュニケーションにも寄与しうるのだなと感じ、新たな発見だった。